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情熱を大切にしなければいけない3つの理由

「情熱的であるためには、すべからく冷静に、聡明に自分の真の心をつかんでほしいな。」by 岡本太郎

Passionate surfer

僕が世の中で一番大切にしているものは情熱です。何を青臭いことを、と思われる方も居るかも知れません。でも、本当にそんな言葉で済ませてしまっていいようなことでしょうか。僕は到底そうは思えません。情熱は何よりも自分の心を豊かにしてくれるし、何かに対して懸命に情熱を注いでいる人を見ると晴れやかな気持ちになることすらできます。本当に疲れた時も情熱はいつだって精神的な支えととして自らを励まし、情熱的な心は人を魅了し、イノベーションを起こし、世界を感動の渦にすら巻き込んでしまいます。僕はこのブログでも留学や英語学習の対象とすべきものは情熱だと何度も言ってきましたが、それは情熱が最も優秀なモチベーションだと考えているからです。すでに自分の情熱を知っている方も、まだ見つけていない方も、ここでもう一度、情熱を大切にするべき理由を考えてみませんか。

人生はあまりにも短く、有限であり、一瞬も無駄には出来ない。そのことを深く痛感したのは、有名なスティーブ・ジョブズのスピーチを聞いた瞬間でした。今までに無いほど心の揺れを感じました。それはきっと、一つ一つの言葉に彼が貫いてきた哲学が宿り、自分の心の奥深くにガツンと響いたからだと思います。世界中に熱狂的なファンを生んだカリスマだからこそ放てる言葉には、稀に見るほど強力な説得力があります。

私は17歳の時、こんな感じの言葉を本で読みました。「毎日を人生最後の日だと思って生きてみなさい。そうすればいつかあなたが正しいとわかるはずです。」これには強烈な印象を受けました。それから33年間毎朝私は鏡に映る自分に問いかけてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だしたら今日やる予定のことは私は本当にやりたいことだろうか?」それに対する答えが「ノー」の日が何日も続くと私は「何かを変える必要がある」と自覚するわけです。

君たちが持つ時間は限られている。人の人生に自分の時間を費やすことはありません。誰かが考えた結果に従って生きる必要もないのです。自分の内なる声が雑音に打ち消されないことです。そして、最も重要なことは自分自身の心と直感に素直に従い、勇気を持って行動することです。心や直感というのは、君たちが本当に望んでいる姿を知っているのです。だから、それ以外のことは、全て二の次でも構わないのです。

そう、人生を楽しむことの出来る時間は限られています。人間は「いつか人は死ぬ」という当たり前の事実について、普段あまり意識しないように思います。しかし、一度でも自分の死について徹底的に意識し始めた瞬間から、人生がどれだけ儚くて尊いものかがリアルなものとなり、世界がより色鮮やかに映るようになった気がします。「もし、自分が明日死ぬとしたら、今日何をするべきか」という仮定は、人生の有限性を強烈に強調し、いつかは終わる一生における最も大切な事柄が一体何なのかを自然と導いてくれます。

情熱はアナタのスキルを向上させてくれるし、しかも新しいマーケットを作り出す力すら持っています。ここで仕事における情熱、スキル、マーケットという三つの関係性について考えてみましょう。

まず、スキルはあるが情熱が無い場合。人は生まれつき得意な分野というものがあります。しかし往々にして、得意なこととやりたいことが一致しないケースが多いのも事実。そんな時、どうすればいいのでしょうか。僕はこれを情熱とスキルのジレンマと呼んでいますが、真っ先に情熱を持っている分野を選ぶのがいいと考えています。理由は以下の通りです。

例えば得意だからという理由で、まったく面白みを感じない仕事を選んだとします。その作業をいくら人より上手くできても、結局は仕事なので何かの義務や拷問のように感じられるはずです。反対に、得意ではないけど好きだからという理由で仕事を選んだとしましょう。例え最初は上手くいかなくても、情熱にかまけて続けているうちに、技術が情熱に追いついてくるはずです。情熱を感じないで何となくやっている人間は追及しないので上達しませんが、情熱を持ってやっている人間の上達スピードには目を見張るものがあります。義務感から仕事をする人は、目を輝かせながら仕事を楽しむ人には必ず最後には敵わなくなってしまいます。

次に、情熱もスキルもあるがマーケットが無い場合。情熱があれば技術は後からついてくるとしても、情熱的だけでは世間の需要が無ければそれは仕事として成り立たたない。と思われがちですが、果たして本当にそうでしょうか。どんな業界にもニッチな需要というのは必ずあるものです。そこを開拓すれば仕事は必ず作ることが出来る、というのはビジネス開拓を説いた書籍には往々にして書かれているセオリーでもあります。どんなに周囲がその情熱は仕事にはならないだろうなと言ったとしても、恐らくそれを経済的価値のあるものにする方法はいくつかあるものです。情熱はそのマーケットを支える手助けをしてくれます。

情熱さえあれば、お金も地位も名声も必要ありません。こんなことを書くと、現実を見ろ!という声が沢山聞こえてきそうですが、そんなあなたも子供の頃、時間を忘れて何かに夢中になって、気づいたら何時間も過ぎてしまっていたという記憶が沢山ありませんか?それが大人になると、義務感や責任感から、純粋な楽しいという感情から離れた場所で様々なことをしなければならなくなってきます。そうしているうちに、本来自分が何をしたかったのを忘れてしまう。気づけばかなり歳を取っていて、時既に遅し。地位や名声を求めた結果、情熱をいつの間にか何処かに置いてきたために、後悔に満ちた人生の最後を迎える・・・なんていう結末は誰も望まないはずです。

一方で情熱を追うのって、思いっきり遊ぶ感覚によく似ています。心から楽しいと思えることをしている時は、まさに無我夢中でゾーン状態、周りの音が一切聞こえなくなり、スッっと自分の世界に入り込んでしまっているような感じだと思うんです。ゾーンから戻ってきた時には数時間も過ぎているのに、神経を研ぎ澄まして集中していた時間が何とも心地よくよくて、また何度も味わいたくなってしまう。そんなことを繰り返している過程で、人は何かに長けてしまうものなんじゃないかと思います。よく言われることですが、お金も地位も名声も後からついてくるものであって、追うと不思議と離れていってしまうもの。追うべきは情熱で、後は全て副産物位に思うのが丁度いいんじゃないでしょうか。

人生はあまりにも短く、有限であり、一瞬も無駄には出来ない。情熱はアナタのスキルを向上させてくれるし、しかも新しいマーケットを作り出す力すら持っている。そして情熱さえあれば、お金も地位も名声も必要ない。以上3つの理由から、僕は人生において情熱を最も大切にするべきだと考えます。最後に、言いたかったことを何とも素敵に表現している好きな句があるので、それを紹介して今回の記事を締めさせて頂きたいと思います。以下、ある有名な修道女が残したとされる辞世の句より引用:

もう一度人生をやり直せるなら・・・・今度はもっと間違いをおかそう。もっとくつろぎ、もっと肩の力を抜こう。絶対にこんなに完璧な人間ではなく、もっと、もっと、愚かな人間になろう。

この世には、実際、それほど真剣に思い煩うことなど殆ど無いのだ。もっと馬鹿になろう、もっと騒ごう、もっと不衛生に生きよう。もっとたくさんのチャンスをつかみ、行ったことのない場所にももっともっとたくさん行こう。もっとたくさんアイスクリームを食べ、お酒を飲み、豆はそんなに食べないでおこう。

もっと本当の厄介ごとを抱え込み、頭の中だけで想像する厄介ごとは出来る限り減らそう。もう一度最初から人生をやり直せるなら、春はもっと早くから裸足になり、秋はもっと遅くまで裸足でいよう。もっとたくさん冒険をし、もっとたくさんのメリーゴーランドに乗り、もっとたくさんの夕日を見て、もっとたくさんの子供たちと真剣に遊ぼう。

もう一度人生をやり直せるなら・・・・だが、見ての通り、私はもうやり直しがきかない。私たちは人生をあまりに厳格に考えすぎていないか?自分に規制をひき、他人の目を気にして、起こりもしない未来を思い煩ってはクヨクヨ悩んだり、構えたり、落ち込んだり ・・・・もっとリラックスしよう、もっとシンプルに生きよう、たまには馬鹿になったり、無鉄砲な事をして、人生に潤いや活気、情熱や楽しさを取り戻そう。人生は完璧にはいかない、だからこそ、生きがいがある。

 


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